社会的距離③:冷酷な、あまりに冷酷な「社会的距離」

新型コロナウィルス感染予防の策としてすっかり定着した「社会的距離=ソーシャル・ディスタンシング」ですが、海外では2003年あたりから挨拶の仕方をめぐってすでに議論が始まっていました。さかのぼること14世紀イギリスでは当時流行した伝染病を避けるために挨拶のキスは禁止され、15世紀のナポリ王国では公共空間でキスした者は死刑に処されたそうです。すでに挨拶文化を変容せざるを得ないという洗礼を受けていた幾つかの諸外国において、感染予防のためにはどんな挨拶が最善かが本格的に議論されるようになったのです。

「2メートルの社会的距離」はすっかり世界基準となっています。食事ひとつとっても箸を使う民族、ナイフとフォークを使う民族、数本の指のみを巧みに使う民族とさまざまで、地域によって文化は多様であるというのがこれまでの常識であったのに、今では2メートル間隔という文化のパンデミックが起こっているのです。

では2メートルというのは、どのように決められたのでしょうか。わたしたち日本人とは異なり、世界には挨拶の際に握手をする文化、ハグをする文化、頬にキスをする文化、鼻を擦り合わせる文化等さまざまです。同じキスでも1回のみの文化と2回の文化があります。スイスでは頬に3回キスをするそうです。この社交習慣は間違いなく感染拡大を加速させてしまう。かといって、握手は回避してくださいとか、ハグは控えてくださいとか、頬にキスは控えてくださいというように、いちいち個別具体的に明記するのは面倒です。そこで、こういった挨拶習慣を回避させるために「2メートル」という数値化が施されたのではないでしょうか。

もともと日本にはなかった身体密接度がきわめて高いこれらの挨拶習慣は、最近では日本にも少しずつ浸透してきてはいるものの、とりわけ欧米文化におけるほどの身体化には至っていません。なければないで済む話なので、お辞儀で十分事足りることでしょう。しかし欧米文化におけるこういったスキンシップは他者を受容する際のひとつの尺度ともなり、生活の一部と化しています。それゆえに、今回のような世界的なディスタンシング文化は、たとえそれが一時的なものであるにせよ、彼らにとっては、わたしたち日本人が想像する以上のストレスとなっているのではないでしょうか。スキンシップを伴わない挨拶とは、言ってみれば、サンタのいないクリスマスやお年玉のない正月のようなものなのかもしれません。

以前ペルーに数ヶ月ホームステイした際のことですが、朝起きてから夜寝るまでマドレ(ホストマザー)に1日何回も頬にキスされました。ボクは初めは躊躇して、ただ自分の頬を差し出すだけで何となくぎこちなかったと思います。次第に慣れていき、自然と頬だけ寄せて口で「チュッ」と音を発しながら、時には実際に頬に口をつけながらラテンアメリカ流の挨拶ができるようになりました。しかしボクの中では何だか不思議な感覚がいつも同居していたのです。自分の母親にだってこんなことしないのに。何だか自分の母親との距離を感じ始め、母に申し訳ない気持ちになった記憶があります。物理的にはマドレの頬に自然とキスをしていながらも、ボクの中では常に違和感があって、心ここにあらずというか、それこそ本来の意味での「社会的距離」がボクの中で知らず知らずのうちに育まれていったように思われます。

今回のコロナウィルス感染者数がとりわけラテン系のイタリアとスペインとフランスで多いのは偶然ではないのかもしれません。それは偏見ではないかという指摘および中国との密な貿易関係があったという背景的事実の指摘を理解したうえで敢えて言わせていただければ、情熱的なラテン系のスキンシップが感染拡大に拍車をかけたということもできるでしょう。

ラテンアメリカはとにかく人との距離が近いです。旧スペインおよびポルトガル植民地時代を経て根づいた身体的習慣は、わたしたちの空間認識からは想像できないものです。大都市は当然として、だいたいどんな小さな都市にも、中心に「ソカロ」や「プラサ」と呼ばれる広場があり、その近くに行政関連の建物や教会が必ずあるのです。様々な催し物やイベントで賑わう空間なのです。たいていは中心に英雄の銅像や噴水があり、周囲を数々のベンチが取り囲んでいます。夕方になると恋人たちがそこに集まり、互いの体を寄せ合ってキスしているのを多く目にします。公然わいせつとまでは言いませんが、波平さんであれば「けしからん」と憤るであろう情熱的な接吻なのです。

ポルトガルマカオにもセナド広場というのが街の中心にあります。やはり中央に噴水があり、広場を囲むように旧植民地的な建物が並び、広場内は白とグレーの波模様に石畳が敷き詰められ、パステル色のコロニアルな建物にマッチしています。ところどころに中華風な佇まいも感受できることからラテンと中華の融合が見られ、どこか異国情緒を醸し出しているのです。まだポルトガル領だった頃は、中華系住民が圧倒的に多かったとはいえ、多くのラテン系住民が点在してました。ラテンアメリカでよく見た点在する華僑住民との比率がちょうど逆転したような雰囲気がどことなく「ソカロ」や「プラサ」と重なり合っていました。

「ソカロ」や「プラサ」は社交の場としての役割を担っているという意味において、きわめて社会的に意義のある空間なのだと感じさせます。普段は異なる空間認識の中で生活している人同士が、一歩でも広場に足を踏み込むと一気に互いの距離感が縮まるのです。だから広場というのはラテンアメリカ文化の身体的距離感を象徴的に表した空間なのです。

そんな彼らにとって、今回の「社会的距離=ソーシャル・ディスタンシング」は、わたしたちが感じる2メートル以上の遠さを感じさせるものなのではないでしょうか。わたしたち以上に身体的な親密度を重んじる彼らラテン文化に住まう人たちにとって、社会的にも物理的にも隔てられたこの試練はおそらく想像以上に冷酷なものなのかもしれません。