パンデミックのおかげで環境問題は改善されたのでしょうか?

先日22日の「アースデー」は地球にとっても人類にとっても特別な日となりました。参加者が例年通りの熱意を持ってイベントに集中することができなかったからです。すっかりお馴染みになったスウェーデンの環境活動家グレタ・トゥンベリ氏もオンラインイベントに参加し、新型コロナウィルスと気候変動問題という2つの危機と同時に闘わなければならないと訴えました。トゥンベリ氏がどのような心境でこの日を迎えたのか興味が尽きませんが、多くの人が今の状況を「皮肉にもグレタの理想とする世界となってしまった」と解しているようです。でも、はたして現在の世界状況は本当にトゥンベリ氏の理想とする地球の姿なのでしょうか。

新型コロナウィルスで幕を開けた2020年は以前にも増して地球に優しい様相を呈しているようです。世界各国による外出自粛は、たとえそれがトゥンベリ氏に賛同して人々が行動を起こした結果ではないにしても、仮にそうであったならばこのようになっていたであろうと想像したくなるくらいに大気や水質が大幅に改善されています。コロナウィルスを世界中に広めることに一役買ったのが航空機という文明の利器であるとするならば、科学技術の加速化が皮肉にも環境を保護するという「意図せざる結果」を導いたことになるのでしょう。

しかし今一度確認しておきましょう。そもそも、なぜ環境を保護しなければならないのでしょうか。わたしたちが環境を保護しなければならないのは、地球という惑星を愛して止まないからでしょうか。そうではありません。わたしたちが愛して止まないのはわたしたち自身であります。そのことは、国連が提唱した「持続可能な開発」の定義の中に垣間見ることができます。「現在の世代の要求を満たしつつ、将来の世代の要求も満たす開発」というものです。かつて対立していた開発と環境の妥協案として提唱されたのが「持続可能な開発」という魔法の言葉であります。つまり人類は地球を愛して止まないのではなく、わたしたち現在の世代と将来の世代が居心地良く生きていくために仕方なく地球を愛することを選択したのです。

仮に宇宙のどこかの惑星たとえば火星が消滅したとしても、太陽や木星が消滅するほどの被害を地球にもたらすことはなく、せいぜい火星の植民地化およびそれに続く移住計画が消滅し、月曜日の次が水曜日になるくらいで、わたしたちの生存に直接的な被害は生じません。わたしたちが憂うのは、わたしたちの生存に影響を及ぼす惑星の消滅のみであって、わたしたちの運命を左右しない惑星の消滅に対しては天文学者以外の関心すらも得られないかもしれません。

つまり、環境保護は地球のためではなく人類のためなのです。人類なき惑星の環境保護には意味がないのです。同様に、人類なき地球保護にも意味はありません。地球保護に意味があるのは、そこにわたしたち人類が存在しているからなのです。以上、至極当たり前なことを述べてみました。

当たり前ついでにもうひとつ。環境問題という考え方それ自体が人類によって生み出されたものなのです。ネコもカワウソもヤンバルクイナも地球環境を拠り所としていますが、彼らは地球環境を問題にはしません。地球環境を保護するという考え方自体が人類特有のものなのであり、環境保護というのは言ってみれば1つの「概念」なのです。

環境保護というのは、人類の安寧のうえに成立するものです。持続可能な開発にしても、人類安寧のためには自然保護しなければならないという環境支持派的考えと、人類の安寧のためには開発を急がねばならないという開発支持派的考え、この2つの対立の折衷案として生み出されたのはすでに述べた通りです。両者ともに人類安寧を第1に考えているという点で本質的には同じなのです。

国連のグテレス事務総長が「今年のアースデーは、COVID-19(新型コロナ感染症)にすべての関心が集まっているが、進行中の地球環境の危機という、別のさらに深刻な問題がある」と訴えました。コロナパンデミックよりも地球環境危機の方がより深刻であると明言してます。仮にコロナパンデミックで人類滅亡してでも地球環境を保護することの方が優先順位が上位にあるかのようです。人類消滅した後の地球環境をいったい誰がどこにいながらにして保護するというのでしょうか。甚だ疑問であります。はたまた今のコロナパンデミックよりも地球環境の方がより危機的状況にあるということなのでしょうか。

確かに地球環境は人類生存のために不可欠です。その意味において、環境あっての人類というのも正しい。でも人類なくして環境保護を唱える意味はありません。加えて、環境問題が人類によって生み出された概念であることから、実は人類あっての環境という方が適切なのではないでしょうか。

最初に掲げた疑問に戻ります。現在の世界状況は本当にトゥンベリ氏の理想とする地球の姿なのでしょうか。いま多くの国々で犠牲者が出て、感染拡大防止のために社会機能が一時停止してます。トゥンベリ氏の望むように航空会社は約90%減の便数で運営することを余儀なくされています。でも、そのおかげで地球は以前よりも少しはキレイになったようです。特段に環境に優しくなったわけでもないのに勝手に地球がキレイになったわけですが、わたしたちが意識的に環境に優しくなれば、もっと効率よく地球がキレイになり、なおかつ人類の安寧も満たすことができるかもしれません。しかしながら、トゥンベリ氏がどのような世界を理想としているのかは分かりませんが、コロナパンデミックを前にした今の環境改善はトゥンベリ氏の理想とは程遠いのではないでしょうか。意図せざる結果として招かれた最近の地球環境改善ですが、それをトゥンベリ氏が喜んでいるのではなく、いつもの厳しい表情で憂えているならば良いのですか.....。