大学の専門学校化

「最近の大学生は勉強しない」とか「学生ではなく生徒だ」という理由をもって「大学の専門学校化」を主張する論文等を多く見かけるようになりました。確かに大学生の質は大問題です。しかし大学の質の低下を学生だけのせいにして、それを論文に仕上げて研究成果としてしまうのはいかがなものかと思います。大学全体を見渡してみると、学生の質という観点が主流であることに異議を唱えたくなってくるのです。加えて、専門学校化という表現は専門学校および専門学校生に対して大変に失礼なものであるとも考えます。ボクは大学の専門学校化というのを違う意味で考えています。

英語検定試験(いわゆる英検)と並んで20年くらい前から大学授業にも採用されるようになったのがTOEICTOEFLです。TOEICは基本的にビジネス場面を想定した英語の試験なので、リスニングにしてもリーディングにしてもビジネス場面でのやり取りやビジネス文書を読んだりすることを前提としたものです。一方、TOEFLアメリカを中心とした大学留学の際にスコア提出を義務づけられている英語の試験で、リスニングは大学講義を聴き取り、リーディングは学術文書を読むことを前提としたものです。分かりやすくまとめるとTOEICがビジネス指向でTOEFLが学術指向と言えましょう。

どちらが難しいかとか簡単に比較することに意味はありませんが、個人的な意見を述べさせていただくならばTOEFLの方が難易度が高いです。それはさておき、自分の目的に応じてTOEICTOEFLのどちらを受験するかを考えなければなりません。将来的に大学留学を考えているとか、学術的な文章を読めるようになりたいのであればTOEFLを、英語を必要とする職業に就くのであればTOEICを対策として採り入れるのが妥当でしょう。TOEICTOEFLはそもそもの目的が異なるのです。

ところが大学のカリキュラムを見ると、TOEFLよりもTOEIC対策の方が充実しています。学生達の需要もTOEICの方が高いようです。TOEFLよりもTOEICの方が学生達の需要が高いのは、ある意味で当たり前のことでしょう。どの大学でも例外なく留学希望者よりも就職希望者の方が多いのは当たり前のことだからです。ただ、学生達の需要が高いからといって、その需要に応える必要性が大学側にあるのでしょうか。それこそ専門学校に通ったり独学したりすることで対処できるものであり、大学がサポートするようなものでもないように思います。

一方、交換留学制度などを通じて海外大学留学する学生達をサポートすることによって大学本来のブランドを高めることができるという理由で、大学がTOEFL対策に力を入れるのは合理的であると考えます。最近は大学の授業でも英語文書をプリント等で配布して普通に学生に読ませることによって講義の幅が広がるのではないかといった状況も十分に考えられます。その意味でもTOEFLと連動することによって学術的な英語力を習得する可能性は高まります。

大学という組織の本来の地位と特性から鑑みた場合に、TOEICよりもTOEFLの方が重視されるべきなのではないかとボクは考えてます。しかしキャンパス内掲示板等を見てみるとTOEIC受験案内のポスターを見かけることはあっても、TOEFL受験案内のポスターを見かけることはありません。なぜ大学がビジネス指向のTOEICを奨励するのか甚だ疑問であります。学生達の就職活動をサポートするという目的があってのことなのでしょうが、そこまでやる必要があるのでしょうか。

こういった就活サポートは学内のキャリアセンターによって積極的に実施されています。面接指導やエントリーシート添削に始まって、企業と連携した大学主催インターンシップに至るまで、もはや大学はビジネスがアカデミーを凌駕する場と化しています。
 そしてこの勢いがキャリアセンターの域を飛び越えて、TOEICを奨励する講義カリキュラムのみならず講義やゼミそのものにまで浸透していることには驚かされます。就活やインターンシップを理由に授業を欠席する学生が非常に多く、またそれを正当な理由として教員らが受け入れてしまうというのが現状です。キャリアセンターと足並みを揃えなければならないからなのでしょうか、教員は就活を理由とする授業欠席を認めざるを得ないようです。

大学は多くの学生にとって就職への中継ぎとしての地位に甘んじることになっているようです。まるで職業専門学校のようです。その意味において、大学は確かに専門学校化していると言えるのかもしれません。とは言っても、最初から職業意識が強いゆえに大学進学を回避した専門学校生の方が大学生よりも目的意識が強いようにも思われます。学生の質の低下を理由に大学の専門学校化を唱えるのは専門学校生に対して失礼であるというのは、そういうことです。大学が専門学校化しているのは、学生の質うんぬんではなく、大学そのものが専門学校の役割を担っているからなのです。しかしそれでも、専門に徹しているという点においては専門学校の方が質の高い技能を提供していると言えるでしょう。

少子化によって、各大学は学生の奪い合いを今後も余儀なくされるのでしょう。今よりも一層の努力がキャリアセンターを含め大学全体に求められることになるのでしょうか。大学が専門学校のように職業専門化すれば、おそらく大学であることの意味が問われることでしょう。あるいは、キャリアもアカデミーも中途半端な現状を今後も維持していくのでしょうか。はたまた、専門学校の大学化という現象も生じうるのかもしれません。