地震は環境問題か否かという問い

高校の地理教科書を見ると、環境問題と比べて具体的で他人事ではなく身近な問題として認識されているようです。世界的にも有名な日本の自然災害である「地震」や「津波」についての詳細な記述が多いのが特徴です。地震のしくみと津波のしくみに関して1ページを割いて詳細にそのメカニズムがイラストで示されていたりもします。

1995年の兵庫県南部地震と2011年の東北地方太平洋沖地震については単なる事実記述のみならず詳細な描写が記載されています。特に東北地方太平洋沖地震の記述はお見事です。地震津波原発といった被災の悲惨さが詳しく述べられていることに、日本が災害当事者であるとの認識が色濃く反映していると言えるでしょう。

地震と関連して火山大国である日本の自然環境を反映してなのか、火山被害についての言及も地震と同様に多いです。例えば1990年代の雲仙普賢岳噴火と2014年の御嶽山噴火、そして今でも活動を続ける桜島についての描写は、地震に関する記述と同様に、単なる事実記述のみならず、それが生活面に与える影響といった詳細なものに至ってます。

環境問題に対する当事者意識とはまるで異なる扱いが地震津波といった自然災害に対する扱いには見られます。それが最も顕著に表れているのが、どのような被害があるかのみならず、それに対してどのように対策していくべきかが、国や自治体としてと同様に一人一人の課題として明記されていることです。例えば、災害に備えるために国民がやるべきことが、環境問題に関するこれまでの客観的で科学的な事実描写とは異なったかたちで提言されています。

さらには、災害時の協力を提起する記述を目にすると、これまでの科学的かつ客観的な事実描写をこえた価値描写に至っているのが特徴的である。そういった価値描写が多く見られることから、日本が自然災害に対しては当事者として教育および啓発に臨んでいることがうかがえます。世界の環境問題を前にしてどこか他人事のような冷静な記述を貫いてきた「地理」教科書も、さすがに身近な自然災害については積極的に関与する姿勢となっているのが、非常に対照的です。

しかしわれわれはここで大きな疑問に気づかされるのです。地震は環境問題とは異なるのだろうかと。教科書の記述を見ていると、地震のメカニズムやその詳細についての描写の中に、いわゆる「環境問題」との関係を示唆するものはどこにもないんです。教科書の記述を見る限りでは、環境問題とは異なる章を地震を含む自然災害のために設けていることから、地震は環境問題という範疇には含まれない、ということになってます。

では環境問題と自然災害を区別する基準は何でしょうか。環境問題における「環境」とは何を意味するかについて、国連をはじめ環境省といった機関は特に明らかにしていません。環境が問題となったその時から「環境」はすでにわれわれの目の前にあったからなのでしょうか。しかし例えば『環境循環型社会白書』が地球温暖化について述べている「二酸化炭素は、化石燃料の燃焼などによって膨大な量が人為的に排出」という部分からも明らかなように、環境問題はそれが「人為的」にもたらされるという点に大きな特徴があるということができるでしょう。地震が環境問題ではないのは、地震が「人為的」に起こる災害ではなく「自然的」に起こる災害だからなのでしょう。

しかし地震やそれに伴う津波の影響で多量の化学物質や瓦礫があふれかえり、その処理の仕方を誤れば汚染問題を生じさせるという意味において第2の被害としての新たな環境問題を引き起こすこととなります。その意味では地震と環境問題は決して無縁なものとも言えません。ただ、因果関係という視点からは地震が原因となって汚染問題を生じさせることはあっても、地震そのものは人為的に引き起こされたものではないという認識があるため、地震は環境問題群の中で論じられることがないだけなのでしょう。

ただ、最近になって、実は幾つかの地震は「人為的」あるいは「人間活動によってもたらされた」という陰謀論者も喜ぶような『アメリ地震学会』の報告もあります。この報告によると、鉱物採掘やダム建設が原因となって約730の地震が発生したとされています。地震が「自然災害」か「人為的災害」かによって日本の教科書での環境問題の扱い方も変わってくるかもしれませんね。ただ今はまだ自然災害という認識であるため、環境問題との取り扱われ方の違いが顕著なだけなのかもしれません。

地震が環境問題であるとしたら、今度は日本が自分たちの問題として環境問題に向き合わなければならなくなります。そして、世界は日本の環境問題を他人事のように見ることになるのでしょうか。そんな日でも来なければ、わたしたちは環境問題に真摯に向き合うことはないのでしょうか。

 


参考文献

  • 『高等学校 新地理A』平成29年、帝国書院
  • 『環境循環型社会白書』平成19年、環境省
  • アメリ地震学会」'Data Mine' column of the journal "Seismological Research Letters", October4, 2017