地域振興と総合型地域スポーツクラブ

最近、スポーツを介して地域社会を活性化させようという政策が唱えられているのをご存じでしょうか。スポーツ庁が主導するスポーツツーリズムなんかがそうですが、スポーツを介して観光客を呼び込もうという政策ですね。そんな中で文科省が提唱している「総合型地域スポーツクラブ」というのをご存じでしょうか。参加者が複数の種目から興味のあるものを選択でき、質の高い指導者から指導を受けることができる地域密着型のスポーツ施設なんですと。ボクも最近知りました。

背景には、少子高齢化や人口減少、それに地域コミュニティの希薄化などが進んで、いろいろな地域の問題が生じてきているなかで、地域共同体を立て直すために新しいコミュニティを創造する必要が生じたというのがあるそうです。忙しい大人の人が利用できるものと言えば、比較的利用時間の融通が利く、いわゆるフィットネスクラブのようなものがありますが、そういう場所では体を鍛えることはできてもスポーツの娯楽感を得ることは難しいというのもあると思います。そこでスポーツを通して地域で盛り上がろう的な感じで誕生したらしいです。

特徴として、通常は単一スポーツではなく複数のスポーツを提供している点です。これによって、異なるスポーツ競技者同士の交流も生まれるという狙いもあるようです。総合型地域スポーツクラブの半分以上にクラブハウスがあり、そのようなクラブでは、同じスポーツ教室でない人と一緒に食べたり飲んだりすることができ、その中で人間関係ができてきます。実際、スポーツクラブを辞めていく理由として「人間関係がうまくいかない」ことが多いというデータもあります。総合型地域スポーツクラブであれば、所属クラブ以外の人との交流も生まれるので、人間関係を理由にスポーツから遠のく心配もなくなるそうなんです。つまり総合型地域スポーツクラブはスポーツ振興の役割を果たすだけではなく、地域活性化や地域振興のための地域の核としての役割を果たす場所ととらえられています。住民交流の場という意味合いも強いようです。 

でもそんな地域交流の場であるのに、なぜボクは今まで知らなかったのだろうか。そしておそらくですけど、みなさんもご存じなかったのではないでしょうか。 

もともとは欧州にその起源があり、例えばドイツではそのようなスポーツクラブが地域に根ざし、参加者も多く、そして法制度も整備されています。なぜ欧州で?って。それはまあ、ヨーロッパと一口に言っても、実際には約50か国の中で約24の主要言語が話され、70以上もの民族で構成されている多民族地域ですから。それだけ複雑な地域を統合する手段としてスポーツが重要な役割を果たしているとのことです。多民族が共存するという環境で、それぞれ国の文化と伝統を守りつつ、言語や民族の違いを超えて共通の行動につなげる役割を果たしているのがスポーツだということです。そこで例えば ドイツなどでは福祉政策の一環で将来の高齢化で医療費が増えていくのに備えて60年以上前にこのようなクラブができたらしいです。

スゴいのはその規模。加入率が50%と高いです。地域住民の社交の場として地域コミュニティの基盤となっています。企業からの支援にしても、クラブメンバーの知り合いや付近にある店舗からが多く、スポンサーシップというよりフレンドシップだという意見もあります。

さらには、クラブから地域コミュニティへの貢献度というのもあります。出会いの場を提供することで異文化理解が生まれ、地域コミュニティの円滑化が生まれてます。運営を地域に任せることによって雇用が生まれて経済効果が発生しているようです。スポーツクラブ自体が納税者でもありますが、その納税額は政府からの助成金を上回るクラブもあるようです。地域がクラブを盛り上げるだけではなく、クラブも地域を盛り上げているようです。ネットでいろいろと調べましたが、ドイツのスポーツクラブは半端ないですね。

一方日本の総合型地域スポーツクラブはどうかというと、学校部活との協力によって、中学校のグラウンドを共有したり、空き教室をクラブハウスとして利用するといった地域もありますが、まだまだ発展途上で課題も多いようです。まあ土地が不足しているので、学校部活と提携してグラウンドや空き教室を利用させてもらっているということでしょう。廃校になった教室などを利用してクラブハウスとして利用するケースもあります。

そして何より大きな違いとして、日本ではドイツのような出会いの場という感覚はないのではと思うんですよね。日本では外国のように出会いの場を期待するという感じではないと思います。出会いは二の次で、目的は運動することというのが正論ととらえられる環境があるのかなと思います。あくまでも運動する場所であり、それ以外の理由で通うことは正しくないと考えているのではないでしょうか。仮にそうであっても、あまり大きな声では人に言えないような構図があるのかなと思います。日本では「出会い」というと何か別の特別な状況を想起させるものがありますから、そう、いま皆さんが想像している、あっち系の「出会い」のことですが、そのあたりと無関係ではないと思います。あとは、何と言っても存在自体が認知されていないという問題もあるかと思います。なんせボクも知らなかったぐらいですからね。

いつも思うんですけど、欧米文化の輸入で成功する事例は少ない。欧州での成功モデルである総合型地域スポーツクラブをそのまま日本に導入することが容易でない理由のひとつとして、スポーツ省がスポーツ行政の全てを管轄する欧州と異なり、日本では文部科学省厚生労働省スポーツ庁など複数の省庁が関与しているという実態があります。地域社会の核となり、地域の情報交換の場所であり、人間関係を醸成する役割を担う欧州の場合と異なり、日本型ではそのような文化が育まれていません。

日本はどちらかというと、仲良くなってからの方が人間関係が濃厚になるような気がします。そのあたりちょっと欧米と異なるかな。出会い系は別として、人が他者と出会うことに何となく欧米とは温度差があるように思います。とりあえず日本ではスポーツクラブが社交の場であるという合意は得られていないですよね。もともと欧米に比べて他人との距離感があるというのは指摘されている通りです。日本では店員さんが「いらっしゃいませ」と言いますが、あれは一方向的なコミュニケーションだと言われます。お客は黙っていても良いわけですから。でも欧米では「こんにちわ」と言います。だからお客も「こんにちわ」と返します。そこには双方的なコミュニケーションがあります。その違いだと思います。

 

【結論】
スポーツクラブに限ったことではなく、広い意味での文化の違いだと思いました。今回このトピックに関しては20本くらいの論文に目を通しましたが、その多くは政策研究分野なんですけど、誰1人として政策提案する人がいません。調査とか見てもアンケート調査ばかりでした。たまにドイツとか行ってインタビューしたものを扱った論文などありましたが、話聞く相手が行政では、なんとセンスのない研究かと。前に書いた「同一労働同一賃金」の件にしてもそうですけど、やはりあれは文化の問題を軽視しすぎているし、今回のスポーツクラブにしても文化の問題がないがしろにされているなと思いました。でも文化に辿り着いて、それで終わりというわけにもいかないでしょう。おそらく文化というのは終着駅であると同時に始発駅でもあるのだから。文化はターミナルなんですよね。