自粛要請+補償要求=人質外交

自粛要請をめぐるやり取りが難航する昨今ですが、このような自粛要請は昭和天皇崩御のときにもありました。当時は街中が自粛ムード一色でした。阪神淡路大震災東日本大震災のときは政府の働きかけがなくても自然と自粛ムードが日本中に広がりました。でも今回の新型コロナウィルス感染では自粛ムードは簡単には訪れません。大きな理由として挙げられるのは、やはり期間が未定で先行き不透明だからでしょう。もうひとつ、今回の自粛が過去の自粛と異なるのは、過去の自粛は「悲しい出来事」が起きた「事後の対応」であったのに対して、今回の自粛は「悲しい出来事」が起きないようにするための「事前の対処」であるという点ではないでしょうか。その点を踏まえたうえで今回の自粛要請を眺めてみましょう。

3月16日、参院予算委員会で集中審議が行われた際、質疑に立った舟山康江議員(参院国対委員長)が「政府が国民に自粛を要請する際にイベントの中止や延期に伴う損失を政府がすべて補償すると説明して、国民を安心させるべき」との旨を述べ、「すべて政府が補償するというメッセージをしっかりと表明してほしい」と訴えました。

さらには、超党派の衆参両院議員らが同17日、新型コロナウイルスの感染拡大による音楽や演劇などのエンターテインメント業界への影響についてヒアリングを実施したのですが、そこにいた業界関係者からは「政府の自粛要請を受けたイベント中止に伴う損失の補償」を求める声が多く出たそうです。

こういった要請の見返りとして補償を要求する動きはエスカレートしています。元格闘家で参院議員の須藤元気氏が24日、自身のツイッターで「政府は自粛要請によるイベント中止などの影響に伴う損失を補償すべきです」と補償制度の必要性を訴えました。誰かが「補償すべき」と言えばみんなが言い始める、ひとつのブームになっているようです。

ただ、須藤氏の訴えに対しては「補償対象は何も格闘技団体だけではない」といった批判もあるようですが、批判の対象はそこではありません。補償と引き換えの要請が求められていることが大問題なのであります。人命を守るための要請に対して補償を求めることは、2つの意味において問題があります。

第1に、感染拡大を防止するためにイベント開催自粛を要請することは何かが起こる前の要求すなわち「事前対策」であるのに対して、イベント開催自粛することによって被る損害を補償してもらうことは何かが起こった後の要求すなわち「事後対応」であるということを認識すべきです。本来は天秤にかけるものは自粛要請と釣り合う「事前対策」として対価なものでなければなりません。自粛すべきであるという要請に対して反論するのであれば、自粛する必要はないことの根拠を述べなければならないのです。科学的であれ何であれ、きちんとした根拠があれば自粛要請に対抗できるでしょうが、事後対応をめぐって補償がなければ自粛要請には応じることはできないという態度は、駄々をこねる子供と同じです。

ただし、補償を求めること自体を批判しているのではありません。多くの人が今回の自粛要請の、というよりも新型コロナウィルスの「犠牲」になっていますから、政府が何らかの補償を考慮するのは至極自然なことでしょう。でもそれは事後対応での議論であり、事前対策で困っている政府や自治体に対して吹っ掛ける対価としては法外かつ論外であります。

第2に、危険と隣り合わせの現状において感染拡大を防止するためにイベント開催自粛を求める「要請」と「補償」を天秤にかけること自体が間違っています。世界中で多くの人の命が失われているということ、そして日本でも同じように人の命がかかっているという状況で、補償してくれたら要請に応じるとでも言わんばかりの態度は、まるで人質外交を彷彿とさせる狂気の沙汰であります。人命救助に協力をという要請に対して「だったら金出しな」という態度は人質外交以外の何ものでもありません。いわゆるお節介を意味するパターナリズムという言葉がありますが、今回の政府や地方各自治体の要請はパターナリズムに基づく要請ではなく他者危害を防止するための要請なのであります。他人に迷惑がかかるからやめてくださいと要請しているのに対して補償を求めることがどれだけ法外かつ論外であるかを分かっていただけたでしょうか。

繰り返しますが、補償を求めること自体を批判しているのではありません。多くの人が今回の自粛要請の、というよりも新型コロナウィルスの「犠牲」になっていますから、政府が何らかの補償を考慮するのは至極自然なことでしょう。でもそれは事後対応での議論であり、事前対策で困っている政府や自治体に対して吹っ掛ける対価としては法外かつ論外であります。

確かにトランプ大統領も非常事態宣言と併せて外出自粛を「指示」し、さらには具体的な補償額も発表していますが、それらは対価ではありません。トランプ大統領は「補償するから外出自粛して」とは言ってません。事前対策として外出自粛を「指示」し、事後対応として補償を明言しているのです。要するに、事前対策に対して事後対応でもって人質交渉することが問題だと言っているのです。

もし仮に、以上のような批判に対して「それは理想論であり現実は異なる」とか「被害者は新型コロナウィルスで命を落とす人だけではない」という反論をするのであれば、つまり人質外交を肯定するのであれば、マスクの転売を否定する根拠が崩壊してしまいます。もっとも、マスク転売を堂々と肯定なさるのであれば、それはそれで結構なことですが。

加えて、補償という「要求」が保証されることを望むのであれば、外出自粛要請のみが「要請」であっては釣り合いがとれません。外出自粛が保証されて初めて被害補償が保証されるのであります。それは自粛「要請」ではなく自粛「命令」を伴うべきものであるということを市民のデリカシーとしてわきまえておいてほしいものです。お金が欲しいから私に命令してください、ということです。